蒸気圧データベースの構築

東京理科大学 工学部 大江修造 矢内 睦

分離技術学会 平成15年会にて発表 

 

蒸気圧データベースの構築

(東理大・工) ○(正)大江修造* 矢内 睦

1.緒 言 蒸気圧は基本的な物性として化学工学を始めあらゆる科学技術分野で重要な役割を果たしている。特に溶液の分離精製を蒸留で行う際には必要不可欠な物性であり、測定、推算法、表現式、実測値のデータベース化1)など活発に研究がなされている。大江は1976年に2000件(1806物質)の蒸気圧データを冊子体として発表した2)。その後、データの収集を継続していたが約3000件に達した。これを機会に、蒸気圧データベースを再構築したので報告する。

2.既往のデータベース アメリカ石油学会(API)では主に炭化水素の蒸気圧データを収集して数表の形で整理し,Antoine定数を決定した5)。炭化水素,含硫黄炭化水素および水の合計650物質が収録されている.API44プロジェクトとして知られている.

大江は,2,000件(1,806物質)のAntoine定数を蒸気圧線図とともに示している2)。Dykyiらは約3,000文献から約5,000物質の蒸気圧データを得てAntoine定数を決定した。しかし,実測値は表示されていない。6)

Boublikらは約1,000物質のAntoine式定数を数値データとともに掲載している7)。 Reidらは, 約500種の物質のAntoine定数を記載しているが,定数の精度,決定に利用した文献などは不明である8)。

米国TRC (Thermodynamic Research Center)はAntoine式により蒸気圧あるいは沸点を計算し,結果を数表の形で出力するデータベースを作成した。ただし,Antoine定数を知る事はできない。 TRCが収集したデータの他に,大江2),Dykyiら6)のデータも使用している9)。

3.構築の基本方針 蒸気圧の実測値をデータベース化するに際し、次の基本方針を採った。

(1) 収集する実測値は主に有機化合物とするが、水など代表的な無機化合物も収集する。

(2) 蒸気圧の表示式としてAntoine式を採用し、その定数を最小二乗法で決定する。

(3) 実測値とAntoine式による計算結果とをグラフの形で表示する。

蒸気圧の表示式には3定数の Antoine 式の他に4定数の Riedel 式,Frost・ Kalkwarf 式,Miller式などが提唱されている。臨界定数を用いて4定数で表示するWagner式6)も提案されている。しかし、これら4定数式の精度は Wagner式を除いてAntoine式と変わらない5)。 Wagner式は臨界定数を必要とするため臨界定数の測定されていない物質には適用できない。以上の理由によりAntoine 式を採用した。

蒸気圧データを精度良く表現するために,通常は融点−沸点近傍およぴ沸点近傍−臨界点以下まで

の範囲に分けて適用する3)。

4.構築の方法 データベースの作成は概ねデータの収集,前処理,コンピュータへの入力,データの検証,定数計算,並べ替え,グラフ化,登録の順により行った.

(1) データの収集 : 二次資料から文献情報を得て、該当論文を入手した.データの掲載してある可能性のある雑誌は約50誌であるが,掲載件数の多い雑誌は

@ Journal Chemical and Engineering Data

A Fluid Phase Equilibria

B Journal Chemical Thermodynamics

  である.この中でアメリカ化学会発行の@は

  直接購入した.

(2) 前処理 : データは表形式で発表されているが形式や単位はまちまちで一定ではない.処理可能な書式に統一した.

(3) コンピュータへの入力 : 一定の書式によるデータは編集の便を考慮してテキスト形式としてコンピュータに格納した.ファイル名は情報源に対応したものとした.

(4) データの検証 : データの印刷ミスなどデータの検討は目視やグラフ化によった.

(5) 定数計算: Antoine式の定数を最小二乗法で決定した。誤差の大きなデータ複数の計算法により最適な定数を決定した.

(6) 並べ替え:Chemical Abstractsの化学式によるHill方式にしたがって物質を配列した.

(7) グラフ化:実測値と計算値を独自のグラフに示して図上でデータが読みとれる形にした.

(8) 登録:検索プログラム上にデータベースを登録して,物質名からデータを検索できる形にした.

5.コンピュータ・システム 基本ソフトウェアとしてWindows98或いはMeを採用したパーソナルコンピュータを使用した.プログラムは当初Visual Basicにより作成したが,検索システムの信頼性を得るために途中からFileMakerに変更した.これにより部分検索,データの並べ替えなどを統一して実行することが可能となった.

5.本データベースの特徴 本蒸気圧データベースの特徴を以下に示す.

(1) データ件数

公開されている蒸気圧データベースとしては最大級のデータ件数を有している.

−1−

−2−

(2) Antoine定数

プロセスシミュレータなどで最も広く用いられているAntoine式の定数を決定した.

(3) グラフ化

データを独自の蒸気圧線図として直線化して表現したので蒸気圧・温度関係を容易に知ることができる.さらに 図 は Windowsにおける最新の描画方式で作成したので,従来の描画形式の場合のように拡大縮小に伴う図の劣化を生じない.

6.本データベースのインターネット上での公開

 筆者は平成11年5月に物性及び蒸留計算に関するホームページ「蒸留・蒸気圧・気液平衡・物性推算」(http://www.s-ohe.com)を開設した.幸いに好評を得て平成15年5月現在,来訪者は約47万人を数え,この種のサイトとしては高い訪問者数となっている. 利用者は国内外100カ国,国内の大学100,および国外の大学100に及んでいて,政府機関からの利用も多い.

 ホームページ公開に際して留意した点は次の2点である。先ず第1に全ての利用者に対応できるシステムとする点、次にインターラクティブに利用できるシステムとする点であった。すなわち,インターネットの利用形態は多岐にわたっており、マイクロソフトのWindows,UNIX系,パーソナルコンピューターおよびワークステーションなどがあり,基本ソフトウェアおよびハードウェアなど様々である.これらのユーザーが同一内容を取得出来るようにすることが望ましい事は言うまでもない.

この2点に対応するための言語としてはHTMLに加えてJavaならびにCGIの利用が最適であることがわかった。これ以外の言語では機種やブラウザに影響されることが判明した。例えばJavaScriptと言う言語があるが、Javaとは全く別の言語であり、ブラウザ:Intenet Explorer上では有効であるが、Netscape Navigator上では動作しない。CGIによってブラウザーからサーバー上のプログラム呼び出して実行することにより,ブラウザーを端末とし,サーバーをコンピュータセンターとして利用可能である。これによってダイナミックな利用が可能となる.例えば,物質を検索した上で温度の入力をした上で蒸気圧を計算させる事が可能である。

 開設以来,訪問者数は増加傾向にあり,本年1月以降は毎月2万人前後の訪問者数となっている.利用の最も多いのは日本,次いで米国,カナダ,フランス,ドイツ,オーストラリアの順となっている.利用国の総数は約100ヶ国である.

 ホームページの利用を促進する方法に関連するホームページのリンク集があるが,本ホームページも国内外の大学などでリンクが張られている.例えば米国インディアナ大学における"CHEMINFO"に本ホームページがリンクを張られている.

アクセスログから判断すると個人でブックマークしていて定常的に利用されている.

 利用者は多岐に亘っていて大学のほかに民間企業,国公立研究機関,政府機関および個人などに及んでいる.日本,米国ともに宇宙関係の利用が多い点が共通なのは興味深い.群馬県の利用は同県で発生した蒸留塔の爆発事故直後であった.インターネットの利用が定着しつつある事を示す例と言える.

 さらに,利用者は国内に限られるが,携帯電話のi-Modeからも利用可能とした。これにより、コンピュータの無い環境でも携帯電話から蒸気圧を知ることが可能となった.

7.結 果 再構築した蒸気圧データベースの概要を述べた.「蒸気圧データ」の初版2)とともにインターネット上の公開データも好評を得て開発者として喜びに耐えないとともに責任を感ずる次第である。誇張して言えば、時々刻々、利用者の反応を肌で感ずる.データは第1に正確でなければならないと再認識する次第であり、日々良質なデータを提供すべく努力が必要である.

引用文献

(1) 大江修造,「相平衡データおよびデータベース」,化学工学, 62巻 8号 436-439(1998)

(2) 大江修造,「電子計算機による蒸気圧データ」 データブック出版社, 1976

(3) 大江修造,,「設計者のための物性定数推算法」 日刊工業新聞社 (1985)

(4) W.Wagner,"Eine mathematisch statistisch Methode zum Aufstellen thermodynamischer Gleichungen - gezeigt am Beispiel de Dampf druckgleichung reiner fluider Stoffe",Fortschritt. Ber. VDI-Z Reihe 3, Nr.39,1974

(5) R.C.Wilhoit, B.J.Zwolinski,"Handbook of Vapor Pressure and Heats of Vaporization of Hydrocarbons and Related Compounds", TRC, Texas A&M University, 1971

(6) J.Dykyi, et al., "The Vapor Pressure of Organic Compounds", Slovakian Academy of Science, Bratislava, 1979

(7) T.Boublik, et al., "The Vapor Pressure of Pure Substances",2nd. Ed. Elsevier, New York, 1984

(8) R.C.Reid, et al., "The Properties of Gases and Liquids"4th ed., McGraw-Hill, New York, 1987

(9) K.N.Marsh, et al. "TRC Data Bases for Chemistry and Engineering Vapor Pressure", Thermodynamics Research Center (TRC), Texas A&M University, 1989

(10) 高松秀明,「化学工学物性データベース」,化学工学, 66巻 6号 (2002)

(11) http://www.scej.org/jp_html/index_j.htm, "Internet Useful Site",「第10回化学工学物性データベース」

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